水着のイオちゃんを捕まえました。

生のグラブル

今回は水着イオちゃんのフィギュアをようやく購入できたので、感想をつらつらと述べていこうと思います。

といっても有名なレビューサイトみたいにミッチリ撮ってないよ。

 

すごい

アマヅォンの写真だといまいち品質がわからなくて若干心配だったけどすごい、忠実にイオちゃんでありながら、なにもかもが崩れていない。

 

肌の色ムラがまったくない綺麗な褐色。油そばをすすりながら眺めたくなるようなくっきりとした腹筋。

発育途上の四肢に劣情が沸騰しそうになるも、両の手のひらで収まりそうなほどしかない布が、それを沸点の寸前で抑え込む。だいぶしんどい。

髪のグラデーションが褐色に良いアクセントを加えているようだが、その実露出しか見えていない。幼女の果実はそれほどに罪深く、人の目を惹いて離さない。

 

人の想像とは凄い。本来ひまわりを握るはずだったその幼き手は、数多の生命を生み出しては枯らす、懺悔にも似た日常を肯定するかのような背徳を模しているように見えてしまう。その指先の柔肌に、バルツを生きた11年の全てが宿る。

 

 

そしてふと気が付く。私は、主張をしていた。

30秒後、日常に戻るも、速くも部屋に入った瞬間、普段との大きな違いを感じる。これこそが、イオという少女が”現実に降りる”ということなんだろう。

 

この水着イオちゃんを購入して考えた。どれだけなにもない毎日であっても、なんとなく歩くしかない。その繰り返しの中で、”目に留まる”という感覚は何であれ大きいのではないか。

 

帰宅して視覚が理解する「そういえばイオちゃん持ち帰ったんだった」

 

この心の弾みは、大げさに言ってしまえば部屋をリフォームするというものに近いように感じる。それほどに三次元には明らかに存在し得ない色調が、空間を大きく支配するのだ。

 

 

私はまだ買って間もない。恐らく明日も一瞬の新鮮と、あえて生み出した必要のない時間を以て眺めることに、支えられていくのだろう。ふとももがセコい褐色幼女に、支えられてしまうのだろう。

 

 

 

 

 

閲覧ありがとうございました。興味がある方は、是非購入を検討してみてはいかがでしょうか。

ほいじゃ、ほいほい。